Illustratrice japonaise basée à Paris.
2021年06月11日



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2021年

2021年01月10日

あけましておめでとうございます。   昨年は今までに無いことが色々と起きた一年だったけれど、 自分の手の届く範囲、体感としては、いつになく静かな年だったように思う。 物理的に行動を制限されていたせいでもあるし、家の中で過ごす時間がとても長かったせいだろうか。   もうすぐこちらに移住して5年。 9月末に、無事DELFB2という仏語の検定試験に合格したので、フランスの大学に通えるレベルになった。ところが実感としてはまだまだ、日常会話ですらも流暢とはとても言い難く、不十分に感じている。 元々、生活の中での自分の不自由さを軽減させるための勉強なので、そもそもの目的である、新聞やニュースの内容が難なく把握出来て、小説が楽しめ、周りの人との会話で言葉に詰まらない所まで行くには、次のレベルのDALFC1もおそらく通過点になるだろう。 ただこの試験、試験時間がかなり長いので、余裕で受かると思えるくらい準備が出来てから受験したい。 その前に、こちらの大学の通信課程で学んでみるのも面白いかもしれない、と検討中。   ロックダウンの影響で、語学学校の仏語講座も昨年秋からオンラインに切り替えた。 これがとても便利で、すっかり通学するのが面倒になってしまった。もちろん通学の良さもよく知っているのだけれど、カフェも閉まったままでは通学して友達に会えても、授業の後でお茶することすら出来ないのだ(それが通学の一番良い所なのに)。 今年はどうなるのだろう。春には少しは落ち着いていることを願っている。   近況はというと、ユニクロで買ったマリメッコの、フランネルのワンピースがお気に入りで、よく着ている。一見パジャマにも見えるユルさで着心地も良い。何より普段ジーンズばかりなので新鮮なのだ(寒いので結局ワンピースの下にジーンズは履いているが)。 あと、冬のセールがもうすぐ始まるはず(再度ロックダウンにならなければ。祈)なので、その時にKindleを購入して、今年はもっと日本の本を読もうと、今から楽しみにしている。 今まで、誰かからもらったり、語学学校にある図書館から借りるしかしなかったけれど、Kindleなら気になる新刊も読める可能性があるし、旅行にも大量に持って行ける。   なぜ今まで考えなかったのだろうと思うけれど、仏語が一定のレベルに達した為に、気 […]

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旅遍歴

2020年05月3日

以前旅先で知り合った韓国人の女性から、10年ぶりにメールが届いた。 知り合ったのは更にその6年前、イタリアでのことだ。それでもメールの差出人を見た瞬間に、当時の彼女の顔(というか全体的な雰囲気)がパッと蘇り、次いで、旅の記憶の断片がパラパラと、脈絡なく頭の中に降って来た。しばし時間を忘れて思い出に浸る。   それは私にとって記念すべき、初めての海外一人旅で、憧れの地であったイタリアを、バスや電車を使って5週間かけて回った。泊まるのはもっぱらユースホステル。行く先々で人との出会いと別れがあり、互いに情報交換しつつ、自由に次の行き先を決める、行き当たりばったりの旅の面白さに心を奪われた。   それからほぼ10年の間、お金を貯めては旅をするということを繰り返した。イタリアの翌年は、その旅(イタリア旅行)で知り合った人を訪ねて香港へ行き、ついでにマカオ。また次の年にはドイツとイギリス。台湾にも知り合いを訪ねて行ったはずだが、あれはいつのことだったか、もう定かでない。筆不精のせいで、今となってはその誰とも繋がっていないけれど、皆元気にしていることを願う。   その後は自分の興味の赴くまま、東南アジアへも行ってみようと思い立ち、ベトナムをひと月かけて北上し、マレーシア、バリ島、ロンボク島へ計3ヶ月の旅。これが2012年のこと。 一旦日本に戻った後、2013年の春には北欧を目指し陸路でパリからベルギー、オランダを通りデンマーク。バスでスウェーデンへ行き、フェリーでフィンランドへ。そこから飛行機でアイルランドへ寄り、スコットランドへも足を伸ばした。個人的に北欧はデザインからして好みのど真ん中で、アイルランドやスコットランドは自然の風景が不思議と懐かしさを感じさせ、心踊る場所だった。遥か昔、住んだことがあったのかもしれない。前世というものがあるならば。   韓国にも一度は行ってみたいと思いながら、結局一度も行かないまま、欧州へ来てしまった。九州に住み始めた時、釜山へフェリーで行けると聞いてワクワクしたのに。いつか行く機会があるだろうか。   ともあれ、10年ぶりでも何も変わらない、朗らかに語りかけてくる彼女のメールが、一日を明るくしてくれた。

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2020年

2020年01月10日

あけましておめでとうございます。 4度目のフランスでのお正月、毎度年が明けた気がしないのだけれど、今年は既に10日も経っていてビックリする。   最近のマイブームは村上春樹の小説「1Q84」と、じゃがいものピュレ、ムース・オ・ショコラである。 先日、夫の叔母夫妻に会った際、叔母の夫がこれ読んだ?と見せてくれたのがきっかけで、数十年ぶりに村上春樹を手に取った。私は「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」以外は読んだことがない。「ノルウェイの森」は途中で挫折した記憶がある。今回は語学の勉強も兼ねてと、フランス語に訳されたものを選んだ所から無謀だったのか、3分の1も行かずに挫折しそうになったため、急遽日本語版を借りて読んだ。日本語になった途端、ストレートに頭の中に物語が入ってくることに感動しているうちに、半分位まで読み進め、そこから話自体も面白くなってきて、現在無事に3巻あるうちの2巻まで(日本語版を)読み終えた。この調子なら最後まで読み通せるだろう。少なくとも日本語版は。次に夫の叔母夫妻に会った時、簡単な感想を言えるようになれば、とりあえずはそれで目的達成としよう。   じゃがいものピュレとムース・オ・ショコラは、たまたまネット上で良いレシピを見つけ、このところ何度か作っていた。どちらも日本にいた時はあまり食べる機会がなかったし、自分で作るなど考えたこともなかった。一人暮らしの適当な食生活がたたって、こちらに来てからというもの、専ら料理とフランス語が、私の勉強対象ランキング第1位を独走中である。移住から丸4年経とうとしている今もなお。   ちなみに第2位は自転車だろうか。日本に居た時はギアの使い方も知らず、坂道で自転車は押して歩くものだった。こちらに来てから前後のギアの使い方と、ペダルにカチッと嵌めるタイプの自転車専用靴の存在を知った。これは確かにとても使いやすく、おかげで随分と自転車旅行が楽になった。ペダルを踏む力が分散しない気がするし、底が十分硬いせいか、長時間漕いでも足が痛くならない。こう書いてみると、自転車に対する経験値はだいぶ増えた(当人比)。   今年はどんなことを学んでいく一年になるのだろう。肩が治ってきたこともあるし、身体を動かす時間を意識的に増やして行きたい。というわけで、今年もよろしくお願いします。

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自転車でロワール古城めぐり

2019年09月7日

7月に10日間程、古城で有名なロワール地方へ行って来た。フランスの北部に位置するパリからは、南西へ電車で2時間くらいの所だ。ロワール川流域には数百もの古城が点在しており、世界遺産にも登録されている。以前からその景観の素晴らしさについては聞いていたし、平地なので自転車で走るのにも向いているから今度行こうと、自転車好きの夫からも度々話が出ていた。   一昨年からの四十肩もほぼ治ったので、2年ぶりの自転車旅行である。フランスに来てから通算3度目となるこの旅行(自転車+キャンプ)、1度目も2度目も私にとっては中々に過酷な要素を含んでいた(体力的・精神的共に)。だから純粋に久しぶりで楽しみな気持ちと、次は何が来るかと若干身構える気持ちとが同居していたのだが、そこは自転車乗りが多く集まるロワール地方のこと、自転車専用道も整備されており、そうでなくても車も自転車に慣れている様子で、旅の最初から最後まで、楽しみながら走り通すことが出来た。この地方特有の、青みがかった濃い灰色の屋根が続く街並みや、深く澄んだロワール川を横目に見ながら自転車を漕いだ。   私達のように自転車で旅行している人もよく見かけた。60代くらいのカップルも少なくなく、皆溌剌としており、大きなバッグを前に後ろに括り付けて走っているのを見ると、荷物は夫に全部お任せの自分が少々恥ずかしかった(しかし、夫との体力差を考えると、うちはこれが妥当なのだ)。   さて、どのようなルートで回ったのかというと、まずパリからブロワという街まで電車で行き、そこから自転車で1.ブロワ[Blois]城、2.シャンボール[Chambord]城、3.シュヴェルニー[Cheverny]城、4.ショーモン[Chaumont]城、5.シュノンソー[Chenonceau]城、6.アンボワーズ[Amboise]城、7.クロ・リュセ[Clos Lusé]城、8.ヴィランドリー[Villandry]城、9.ランジェ[Langeai]城、10.アゼ=ル=リドー[Azay-le-Rideau]城、11.ユッセ[Ussé]城、12.シノン[Chinon]城、13.モンソロー[Montsoreau]城、14.フォントヴロー[Fontevraud]修道院、15.ソミュール[Saumur]城まで、キャンプ場でテントに寝泊まりしつつ、1日当 […]

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スリ体験記

2019年07月26日

今年のGWに、日本から女友達二人が遊びに来てくれた時のこと。   フランクリン・ルーズベルト駅で乗り換えた際、自分と夫は先にメトロに乗り込み、後ろを振り返ると既に二人は、一緒に乗り込んで来たらしい10代前半の少女達4~5人に囲まれていた。   少女達のスリ集団の話を聞いていたので、何してるの!とフランス語で言い近づいたら、彼女達は閉まりかけたドアに挟まりつつ、慌てて降りて行った。幸い友達二人とも何も盗られずに済んだけれど、一人はカバンのチャックが開けられていた(もう一人は手が伸びてきたので咄嗟に払いのけたらしい)。   友達の話では、一人が道を聞くような感じで英語で話しかけてきて、そちらに気を取られていたと。話しかける役、盗む役、視界を遮る役、そして、自分が友達の方へ近づこうとした時に押し戻される感触があり、よく見たらジャイ子のような体格の良い子が一人いた。役割分担されていて、本当に手慣れているのだ。しかも、自分達が悪いことをしているとは思っていなさそうな、友達とふざけているような、楽しげな雰囲気で逃げて行った。   時間にしてみればほんの数分のことで、少女達も一見して分かるような小汚い格好でもなく、普通の東欧の10代の女の子、という風なので、警戒しにくいかもしれない(実際、夫はそれで気づくのが遅れたと言っていた)。   警察も捕まえることが出来ないというので、被害が減らないのも当然だろうと思う。友達がターゲットにされたこともあって、久しぶりに頭に来た出来事だった。 パリは美しい街なのに、本当に残念。一人でも被害に遭う人が少なくなることを願う。

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2019年、平成31年

2019年01月30日

《ごあいさつ》突然ながら、皆さまお変わりないでしょうか?半年も放っておいて何ですが、特に私生活が大変という訳ではないので、ご安心を。フランス語の勉強という大義名分があるので、未だにどこか学生気分が抜け切らず、のんびりした日々を送っています。前回書いたフランス語の検定試験を受けられる段階まであと一歩の所まで来ました。模擬試験では70点を超える程度。50点以上なら合格です。しかし万が一が怖いので、さらに勉強を進めて余裕で80点台になる位までは受けるのを控えるつもりです。今年の秋くらいかな。 フランス語での意思疎通は、まだ仕事を受けるレベルではなく、イラストレーターとしては開店休業状態なのですが、とりあえず勝手にグッズを作ることを続けてみます。 それから、日本でも「黄色いベスト運動」という名前でフランスのデモが紹介され、暴動の部分がクローズアップされているようですが、週に一度土曜日のみのデモで、場所も事前に大体分かるので、巻き込まれる心配はほとんどありません。 参加者の多くは一般庶民で、警察の暴力(参加者の中で、失明したり重傷を負う人達が増えているため)の方が今問題になっています。   さて、平成31年らしい。こちらに来てから、今平成何年なのかが、検索しないと分からなくなってしまった。目にしないからだろうか。今年は平成最後の年だ。小学生の時に、昭和最後の年を経験した。あれから31年。すごい数字だ。すっかり大人になったような、そうでもないような。とは言え身体は確実に年齢を感じさせるようになって来た。 昨年の12月には、フランス生活3年目にして、初めて病院に通った。それもリハビリ。四十肩なのだ。幸い自宅の近くに大きな病院があり、リハビリ施設が充実しているとのことで、行くことになった。医師や看護師の指示がちゃんと理解出来るか、それが一番不安だったが、初日に夫に付いて来てもらっただけで、後は無事に一人で出来た。ほとんどの人が、とても辛抱強く、優しく接してくれたからだ。病院で働いていると、寛容で忍耐強くなるのだろうか?   例えば普段の生活で、こちらが上手く対処出来ずもたついていると、あからさまにイライラした対応をする人はたまにいる。年齢や性別関係なく。夫と一緒の時はすごく感じが良かった銀行のお姉さんが、一人で行った時は、がらりと態度が変わったことがあった。同一 […]

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2年半

2018年07月6日

また随分間が空いてしまった。パリは今、本格的な夏が始まった所で、夜、窓を閉め切って寝るのが厳しくなって来たけれど、日本の夏に比べればまだまだ可愛いものである。あのうだるような蒸し暑さを思い出せば、こちらの夏に文句など付けようもない。元々寒さよりも暑さに弱い方なので、気温は同じように高くても、乾燥している分だけ過ごしやすい夏は有難い。   あと2ヶ月で、移住して2年半が経つ。以前、埼玉から大分の別府に移った時、2年半経った所で、私は別府にまつわる本を作った。例えばもし家族や親しい友人が来るとしたら、別府の街の、どこに連れて行って何を見せたいか。結果、私のお気に入りを選りすぐった、個人的なガイドブックのようになった。 その本が完成した時に、ああ、自分の中に別府という街がしっかり根付いたんだな、と思った。   それに比べて、現在の自分と土地との関係はというと、パリは別府よりも地理的に大きいだけでなく、歴史的背景も色濃く複雑で、咀嚼するのに時間がかかるのは当然とはいえ、それにしてもまだ全然、自分の中に浸透していない。お気に入りがぽつぽつと見つかり始めているものの、全体的にとても距離がある。これは多分、こちらに来てから一人で出かけること自体がめっきり減って、外出時は夫と居ることが多く、常に彼を通して物事を知るという、このスタンスが影響しているような気がする。それは同時に、それだけ守られているということでもあって、良くも悪くも、今の私には必要なものかもしれない。その国の言語がきちんと理解できないということは、大の大人を子供に戻してしまう位の影響力があるから。   つい最近、半年ぶりに会った夫の親戚と、今までで一番ちゃんと話をすることが出来た。これくらい間が空くと、上達が自覚出来て嬉しい。少しずつ、本来の自分に戻っていくような、手足の拘束を解かれていくような、心地よい解放感がある。 私にとって「話す」「書く」ことは難しく、度々つっかえながら短い文章を繋げる感じで、まだ言いたいことの40%位しか出てこない(決まり文句を除く)。それに比べて「聞く」「読む」方は、60%位は理解出来ている気がする(一対一で話す場合)。それぞれじりじりとではあるが前進している。   フランス語のレベルはA1から始まり、A2、B1、B2、C1、C2と難しくなって行く。 […]

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Moi, Tonya(英題 ‘I, Tonya’)

2018年03月16日

観終わってからも中々頭を離れない映画というのがたまにある。 この間観た「Moi,Tonya」もその一つ。1990年代にフィギュアスケートで国際的に活躍したトーニャ・ハーディング。ライバル選手が暴漢に襲われた事件の黒幕だったとして、その後一切の選手活動を禁じられた。人気もある有名選手だっただけに、当時のマスコミの格好のネタになってしまった。私もうろ覚えながら、あまり良い印象は持っていなかった。   この映画は本人とその関係者のインタビューを元に作られたらしい。話の中で時々意見が食い違う場面が出て来るため、観客には本当のことは分からないが、全体を通して、彼女の置かれた境遇の過酷さと、それに負けない精神的強さには驚かされる。これ程有名で実力もある選手なのに、レストランでウェイトレスをして働き、自分の衣装を自分で作っている。何より母親のキャラクターが強烈だ。   しかしこの映画の底を一貫して流れるユーモアが、この話を決して暗くせずにテンポよく、終わりまで一気に見せる。 とにかく機会があれば一度観て欲しい、オススメの映画。トーニャ・ハーディングのイメージが変わると思う。ちなみに主演女優の変身(なりきり)ぶりもすごい。後日インタビュー映像を観て、あまりに綺麗なので驚いた、というとトーニャに失礼だろうか。

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フランス語講座

2017年12月7日

以前書いたブログの日付を見たら、既に4ヶ月が経とうとしていた。気分屋なことに自覚はあるが、さすがにここまでサボると季刊誌のようだ。であれば季節の話題から始めようと思う。   12月に入って、パリはめっきり寒くなった。気温は10度以下、最低気温はマイナスになることもある。先週は久しぶりに雪が降った。というか、パリで雪を見たことはまだほんの数回しかない。牡丹雪のように見えたので、少しは積もるのかと思ったけれど、せいぜい数センチ程で、翌朝には消えてしまった。 巷はノエル(クリスマス)の雰囲気でそわそわし始めた様子、しかし夫はノエルが嫌いで、私もさほどイベントに熱心になるタイプでもなく、このまま何となく過ごして行ってしまいそうな気がする。   キリスト教といえば、遠藤周作の「沈黙」、スコセッシ監督の映画を観てから、原作を読んでみたいと思っていた所、運良く持っている方と知り合い、貸してもらった。我が家では就寝前が読書タイムで、もっぱら最近私はそれを読んでいる。その筆致があまりにも巧みなせいなのか、映画が原作に忠実であったということなのか、脳内で映画の場面が逐一再生されるのが面白い。遠藤周作は実はこれが初めてだが、他のものも読んでみたいという気にさせられる。   さて、表題のフランス語講座である。何を隠そう、フランスに移住して早1年と8ヶ月、今まで一度もフランス語を夫以外の人から学んだことがなかった。本来ならば、移民局から召集が来て、フランス語のレベルをチェックされ、規定のレベルに満たない場合は移民用の学校に通うことになると聞いていたが、健康診断に関する召集はあったものの、その他は何も求められないままだった。市が開催している講座は二度申し込んだものの応募者多数で落ちてしまい、インターネットと夫が私の先生だったのである。 それがこの度、知人の情報提供をきっかけに、自宅から徒歩10分以内で行けるフランス語講座を発見した。最初に簡単なテストを受け、私の通えるクラスは何と週に3つもあった。しかも料金は年25ユーロのみ。先生達は皆ボランティアなのだろう。毎回先生がプリントを用意してくれて、それにそって授業が行われる。教材を買う必要もなく、少人数なので毎回発言の機会も豊富にある。本当に有難いと思う。   生徒は様々な国から来ており、把握しているだけで […]

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発見

2017年08月17日

去年の今頃は、南フランスを自転車で回っていた。私にとってはあんなハードな旅は初めてだった(過去ログ参照)が、思い出となってしまうと良いことばかり思い出されるのは不思議なものだ。   さて、先日また、自転車旅行に行って来た。大西洋沿いのロシェルという街まで電車で3時間。そこから自転車でレ島(一文字しかない名前が妙に気になる島)へ渡って、その後一度ロシェルへ戻り、今度はフェリーでレ島の南にあるオレオン島へ。最後にロシュフォールという街へ行って、電車でパリに戻った。全部で6日間。回る場所もそう広い範囲ではないし、まあ去年のようにしんどい思いはしないだろう、とタカをくくっていたが、別の意味で自分の限界を試されることになった。   オレオン島に滞在していた夜、夕立のような激しい雨に遭った。思えば去年の旅行中は、一度昼間に通り雨に降られたのみで、夜、テントの中で雨をやり過ごしたことがなかった。夫が結婚前から使っているというこのテント、作りに難があるのか劣化したのか、なんと雨漏りしたのである。 テントの側面から雨が伝って地面に落ちる部分、つまりテントの床面両脇からじわじわと、そして天井の通気口となる部分からポタポタと。あまりにも雨が激しく断続的に降るので、その音と浸水の恐れから、殆ど寝た気がしなかった。濡れたら困るカメラと携帯、パスポートやカードの入った小さなバッグのみ、寝袋とその下のマットの間に入れ込んだ。   私はすっかり精神的に参っていた。寝袋から出た顔を狙ったかのように雨水が落ちて来ることも不快だったし(テントが狭すぎて避ける事もままならない)、今このキャンプ場の中で、濡れながら寝ている人なんて他に居ないだろう(当然自転車旅行の私たちが、一番物も少なく質素だった)という、惨めさにも負けそうだった。夫はサバイバルに関しては恐ろしくタフなので、この状況に対する私の苦情は全て「大したことではない」と共感してもらえないことも不満だった。   私は一体何でこんなことしてるんだろう?   去年の自転車旅行の時と同じ疑問が浮かんだ。自分一人の旅だったら、確実にこんな目には遭っていない。快適さを優先するからだ。 もう帰りたいって言おうか。全て投げ出したい欲求が渦巻くが、本音は帰りたくはないのだ。心にも無いことを言っても仕方が無い。じゃあど […]

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カモメ

2017年06月30日

自宅から歩いて15分程の所に、森が広がっている。入り口の近くには湖があり、その中には人工的に造られた島が二つ繋がっていて、夜間以外は行き来できるようになっている。孔雀、白鳥、雁、鴨、ガチョウ、などなど様々な鳥達が住んでおり、全て放し飼い。人を恐れない彼らは、触れられる程近くに来ることもあるが、触ろうとするとスルッと避け、上手な距離の取り方をする。   そこにいるカモメの子供(まだ身体が白くなく、薄い茶色や灰色の毛が混じっている)が気になって、一週間に一度は見に行くようになった。   初めて見た時、白鳥に餌をやるおじさんの周りで必死に、自分にもくれ、とアピールしていた。鳴きながらぐるぐるとおじさんの周りを回るが全くもらえず、しばらくするとその場を離れて水辺に歩いて行った。 諦めたのかと思っていたら、水を飲んだ後に戻ってきて、一層声を張り上げて存在を主張するその逞しさに笑ってしまった。君、ガッツがあるねえ。最後にはおじさんに気づいてもらい、餌にありついていた。   しかし、他の鳥は大抵同じ種類の鳥と一緒なのに、このカモメだけはいつも一羽なのだ。親鳥も見当たらないし、そもそもこの辺りでカモメをあまり見かけない。どこから来たのだろう?雁の群れの近くにいることが多いけれど、一緒に行動する程の親しさは伺えない。勝手な人間の想像ではあるが、その姿にどこか哀愁を覚えてしまうのである。   去年見かけた孔雀の雛が、一年で随分立派に成長して、数羽揃って求愛行動の練習をしているのを見かけた時、こんな風に時間をかけて成長を追えるって幸せだな、と思った。このカモメもいつかそう遠くないうちに、真っ白な大人になる時が来るんだろう。近所の子供を見守るおばあちゃんみたいな心境になりつつある。さて、そろそろあの子に会いに行こうかな。

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初夏の出来事

2017年05月29日

このところ晴天が続き、日中は30度を超える日も出て来た。暖かくなって喜んでいたと思ったら、汗だくで暑さに辟易するのももうすぐ。季節が変わるのは早いと、毎年同じことを思っている。   今月の初め、久々にフランスの洗礼を受けた、と感じる出来事があった。滞在許可証関連で、フランスの行政に対しては少しずつ経験値が溜まっていたが、日本にも販売店がある有名な店(本社は北欧)ですら、フランスにあればフランス流なのだという当たり前のことに、私は気づいていなかった。   私たちはここ数ヶ月、ソファを探し続けていた。ピンからキリまでというけれど、ピンとキリしかないような印象で、すごく安くてデザインも質もイマイチか、気に入ってもソファにこんな額は払えない、と躊躇するかのどちらかだった。しかしある日ふと、以前ネットで一度見かけて、二人ともまあまあいいね、と言っていたソファを思い出し、改めて見た所、もうこれで決めよう、という気分になった。 ネットで注文、結婚記念日に届くように手配し、うきうきと「もうすぐソファが来るね」と待っていたが、前日になっても配達に関するメールが来ない。 当日の朝、土曜日だというのに7時から起きて、8時以降の配達時間に備えていたが、やはり気になるので夫が店に電話で問い合わせてみた。   最初に出たのは女性。調べる旨を告げられ、やけにテンションの高い保留音が流れる中じっと待っていると、突然曲が止まった。静かである。切れた後の音もしないので、繋がっているのか切れたのかわからないまま、スピーカーの状態で15分程経ち、結局掛け直した。 次に出たのは男性。同じことを説明する。保留音が流れる。そしてまたスピーカーに切り替え。今度は、ずっとこの陽気な曲と共に放置された。頭の中に単純な疑問が浮かぶ。   – 何で電話口に戻って来ないのだ?   そして三人目。一人目とはおそらく別の女性。三度目の説明をする夫。今回は放置されなかったが、調べた結果、配達の手配がされていないと。届くのは2週間後になるとのこと。頭の中はまた疑問符でいっぱい。   – 配達の手配がされていないって、どういうこと?しかも2週間後って遅くない?   さすがにこの信じがたい事態に夫が説明を求めたようだったけれど、女性の口調は明 […]

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シャンゼリゼ

2017年04月24日

先週シャンゼリゼで発砲事件が起きた。夫と一緒に寝室で、映画を観ていた所だった。手洗いから戻って来た夫に、ネットのニュースを見せると、ああまたか、という反応。麻痺して来ている。怖くても、その恐怖心を抱えたまま生活することもまた、苦痛なのだ。   事件の十日ほど前に、シャンゼリゼを歩いた。初めて凱旋門の上に登って、パリの街を見下ろした。周りは皆観光客。世界中から来ているような印象を受ける。 パリの街は美しい。今まで幾つかの国を旅したけれど、ここにしかない独特の空気がある。この街が醸し出す、とても洗練された、けれど気さくな一面も見せる、程よい距離感。誰でも、どこから来た人でも、一緒にそれを楽しむことが出来る日常であって欲しい。   ちなみに観ていた映画は黒沢清監督の「トウキョウソナタ」。ずっと黒澤明の息子と思い込んでいたが、血縁関係にはないらしい。以前観た「岸辺の旅」は、あまり面白いと思わなかったのだけれど、これは最後まで飽きなかった。ストーリーがあるようでない、継ぎはぎしたような印象は同じでも、小泉今日子の役柄がとても良く、好感が持てたせいだろうか。あんなお母さん、良いよね、と素直に思った。下の息子や、夫の同僚など、他のキャラクターも立っていた。香川照之は何の役やっても、香川照之に見えてしまうんだよなぁ。

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「未来をなぞる」「ほんとうのうた」

2017年03月17日

ここ数日、すっかり春らしい暖かさに包まれて、少々浮かれ気味である。身につけるものも春のものに変え、毛糸のもこもこから、少し薄く軽い素材になった。心も身体もなんだかフワフワ、そわそわしている。 ブログを見返したら、昨年は4月になってもまだ冬物のコートを手放せないとぼやいていた。今年は随分暖かくなるのが早いらしい。   さて、そんな春の陽気の中、偶然観ることが出来た日本のドキュメンタリー映画が二つ。一つは写真家畠山直哉氏を追った「未来をなぞる」、もう一つは、朗読劇《銀河鉄道の夜》を追った「ほんとうのうた」。 どちらも、2011年3月11日の震災後、様々な思いに揺り動かされながらも、自分のやるべきことを見出し、それに真摯に取り組む人達の物語だった。「鎮魂」という言葉が頭に浮かんだ。   あの時の気持ちを思い出した。うやむやに消えて行きかけていた。まだ何もしていない。とにかくそこに気持ちを留めること。疑問を持ち続けること。答えを探し続けること。

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ひらがなカード

2017年02月23日

ひらがなを一文字ずつ覚えるための、カードを作り始めた。大きさはハガキを横にして半分にしたくらい。まず大きくひらがなの文字を一文字配置し、それに書き順をつけて、下には例として小さく、その文字から始まる短い言葉(名詞、動詞、形容詞、オノマトペetc)をひとつ書き、その下にローマ字で読み方を書く。そしてその横に、その言葉を表したイラストを描く。 赤と黒の2色刷りを想定し、出来るだけ簡潔に、分かりやすく、言葉を覚える助けになるイラストを目指している。が、単に作者の趣味に走った感の物も無くはない。現在「つ」まで終わった所。   夫が日本語を覚えたいというので、作り始めたのだけれど、実は一昨年の秋に一度、手書きでもっと簡易な物(イラスト無し)を既に作っていた。ただその時は私がその後日本へ帰ってしまって、きっとやる気が起きなかったのだろう、昨年の春にこちらに戻った時、他の書類に紛れてごちゃごちゃになっているのを見た。やっぱりちゃんとした物を作ろう、とその時思ったのだが、スイッチが入らないままで、ようやく一年ぶりに取り掛かったという次第。   時々小出しに夫に見せ、「すごい!」「いいね!」と褒めてもらって、モチベーションの向上に一役買ってもらいつつ、完成の日を自分自身でも楽しみにしている。日本語を学ぶ外国の人達に使ってもらえたら嬉しいな。

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新年

2017年01月31日

明けて既にひと月経とうとしている。   Webサイトの名前を、以前の「pen and mew」から本名に変更した。 日本に居た時は、「hira」という子供の頃の渾名で活動し、本名を出さない方が心地良かったのだけれど、こちらに来てからは、「hiraというのは昔のニックネームで云々」という前置きが面倒臭く感じられ(「pen and mew」という屋号の説明もしようとすると尚更)、自己紹介で必ず名乗る本名のまま活動した方が、相手にとってもわかりやすいだろう、という結論に達した。 こちらで出会うアーティストもほぼ皆、自分の名前をそのままドメインにし、本名で活動しており、それが潔くて良いなとも思った。   話は変わって、昨日観た映画「La La Land」。前評判がとても良く、かなり期待していたせいか、落差にがっかりした。主演の二人が以前「Crazy, Stupid, Love,」でも恋人同士の役で、それが好印象だったのが、これを観てエマ・ストーンの印象まで悪くなりそうだ。彼女の役柄が、無自覚に利己的でズルいタイプの女性だったからである。 個人的に、映画の主人公に共感出来るか否かは、その映画をどのくらい楽しめるかに直結して来るので、物語の三分の一位の所で「え、なにそれ」と思ってしまったせいか、中だるみして少し飽きた程である。我ながら好き嫌いが激しいが。 とはいえ、ライアン・ゴズリングのピアノの上手さには驚いたし、観る人によっては楽しめる映画なのかもしれない。

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レユニオン島

2016年12月28日

マダガスカル島の隣にある小さな島、フランス領レユニオン島へ、7泊11日というスケジュールのツアーで行って来た。団体での旅行は高校の修学旅行以来だろうか。ほとんどがバス移動で、自由な時間はあまり無かったけれど、全てオーガナイズされた旅行というのも、それはそれで楽だし、十分楽しめるものだなと思った。   島の一番北にある空港を起点に、内陸の山間部へも立ち寄りながら、一週間かけて時計回りにぐるりと島を一周した。泊まるホテルも、湿度が高く緑の美しい山間部の小さなホテルから、南部の街中にある都会的なホテル、北西部のプライベートビーチのある豪華なホテルと、それぞれ趣が違い、しかも段々とグレードアップして行ったので、上手に計画してるものだなぁ、と密かに感心した。   レユニオン島には火山もあり、景観がダイナミックなことと、透明度の高い海、そして色鮮やかで可愛らしい花や小鳥たちと、見て楽しむ要素も豊富なのと同様に、食べる物もハズレが無かった。フランス領だけにフランス式の部分はもちろんあるが、素材や味付けなどは東南アジアの料理に似ていた。ちなみに街の建物の雰囲気も、素朴で雑然とした感じが、東南アジアを思わせた。飲み物は、さとうきびで作るラム酒が特産で、どこへ行っても最初にラム酒が出てくる。これがまた度数の高いものが多く、私も夫もツアー後半には降参し、専ら果物のジュースを好んで飲んでいた。   レユニオン島には、クレオールという現地の言葉がある。フランス語を部分的に略したり繋げたりするような、独自の変化を加えた響きらしい。和製英語みたいなもの(パソコンとかシートベルトとか)?と夫に聞いたらそうそう、と言っていた(ちなみにフランス人の夫はこの和製英語の響きがツボにハマるようで、いつも嬉しそうに真似をする)。 領土が遠く離れた所にあって、同じ言語が通じるけれど、見た目も文化も違う人達が住んでいるというのは、不思議な感じがする。 以前ベトナムに行った時、ここに来るフランス人はどんなことを思うのだろう、と考えた。台湾に行った時、日本語を話す親切なおじさんと会って、嬉しいような、後ろめたいような、複雑な気持ちだった。   その国の持つ歴史が、今起きている問題の原因だとして、その認識を持ちながら、では「これから」どうするか、という形で話が進まないものだろうか […]

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2016年11月4日

ここ数年、自分の歳の下一桁がボンヤリしている。新年明けてしばらくは、平成の年号を間違えそうになるのと同じように、自分の歳も一つ重ねたことに意識が付いて行かず、えーっと今何歳だったっけ、と数秒間が空くことがある。十代の時は1歳の差があんなにも大きく感じられたのに、社会に出てからは、1歳差なんてあってないようなものだ。人を年齢で測ることに、あまり合理性がないと気づいたからかもしれない。 30代も後半になると、人のバックグラウンドは多種多様で、国を跨げばそれは更に爆発的な広がりを見せる。海外で人と出会った時は特に、その人の人となりを、つまり外見、態度、話し方、発言内容などから(多分無意識に)判断していて、年齢を聞けば、へえ、とは思うが、取り立てて何かの指標にはならない。年齢の意味するところ、日本でよく取りざたされるような、年齢の裏の意味、みたいなものを意識することがあまりない。日本の社会はそれだけ、何歳ならこうあるべき、というロールモデルが強く掲げられているということだろうか。本当は持って生まれたものも、経験してきたことも人によって違うから、ある年齢に達したところで、その状況が似通うとは限らないのに、その前提を同じものだと仮定して、比較し、優劣を付けるのに忙しそうだ。仲間内で競い合うよりも、一緒により良いものを目指す方が余程建設的だし、面白そうなんだけど。 6日でまた一つ歳を重ねる。ここまで来れた幸運と、触れて来た人の温かさに感謝しつつ、今一度、原点に立ち返って、辛抱強く心に問いかけたい。何がしたいのか、どう生きたいのかと。

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読書の秋

2016年10月10日

10月に入った途端、朝晩10度を切る寒さになり、街を歩く人は冬物のコートを着ていることも少なくない。9月の下旬に、彼の従姉妹の結婚式に出席した際は、日中はよそ行きの半袖とスカート、素足にサンダルでも大丈夫なくらい暖かかった。 秋と冬が混ざって到来したみたいだ。日本だともう少し、はっきりと「秋」という季節があるから、なんだか少し物足りなく感じてしまう。夏の暑さがそれ程でもないせいもあるかもしれない。日本の蒸し暑い酷暑だと、秋の到来が本当に嬉しいものだけれど。 さて、最近の暮らしといえば、もっぱらフランス語の勉強と称して、日本の漫画が仏訳されたものを読んでいる。先月近所の図書館に行った際、日本の漫画がたくさんあることを知り、映画化で話題になっていた「アイアムアヒーロー」というゾンビ漫画を見かけ、普段ホラーは避けて通るのだが、試しに借りてみた。あらすじは聞きかじっていたので、最初のゾンビのインパクトは半減していた筈だが、それでも直視出来ないくらいには怖かった。それ以後ゾンビが出て来る頁は、出来るだけ横目でサラッと輪郭を撫でるだけにして、辞書を片手にとにかくストーリーを追っていたら、すぐに4〜5巻読み終えてしまった。そしてその頃にはだいぶゾンビ耐性も付いたようで(慣れってすごい)、直視は相変わらずしたくないが、見てしまってもそこまで尾を引かなくなった。 元々ホラーが嫌いなのは、ビジュアルが鮮明に記憶に残り、後から何度でも脳内でリバイバル出来てしまう性質がある為、一人で家で静かにしている時に、それが働き出すと困るのだ。大抵、そういう時の自分の想像が一番怖い。 でも今回は、数冊読み進めるうちに、フランス語の言い回しが目で確認出来、何度も出てくる言葉(=日常的によく使う言葉)を覚えやすいという利点が実感出来るので、怖くても先が気になって読み進められる、良い教材になってくれた。フランス語が難しい理由の一つに、耳で聞く音と、目で見る綴りとのギャップが大きいことがあると思う。音で覚えていても、実際にその言葉を目にすると驚くことが多い。聞いて話すことと、書くこととは、また一つ別のステップが必要な感じがする。とりあえず耳で覚えることが先決だろうと、綴りを気にするところまで行っていなかったので、漫画を楽しみつつ、綴りも朧げにでも、覚えて行けたら嬉しいと思っている。

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自転車旅行

2016年09月5日

8月はバカンスという優雅な響きからは程遠い、ハードな自転車旅行で約3週間、フランス南部のプロヴァンスを周り、最後の週末は旦那さんの叔父さん夫婦の住む、北部のノルマンディーで過ごした。あっという間だが相当に密度の濃い一ヶ月だった。 高校時代の部活動以来、20年ぶりに皮が剥けるくらい日焼けした。南部のからりとした暑さは、日本の夏とは比較にならないほど過ごしやすく、日中は30度を超えても朝晩は涼しいことも多かった。 そして9月に入り、霧雨の舞う今日はなんと外気温17度。すでに肌寒い。これからパリは曇り空と雨の多い冬へと向かって行くのだろう。夏と秋だけ経験した昨年とは違い、今年は春から通してフランスで過ごす初めての年だ。厳しいと言われるヨーロッパの長い冬をどう迎えるか、今から考えただけで何となくソワソワしている。 さて、件の自転車旅行、走行距離を計算してみたら、一番長い日で約45km走っていた。時間にすれば3時間程度、しかしこの3時間以外に、立ち寄った先で歩き通しだったり、坂を登り降りしていたり、さらに道に迷ったりすることがあると(車の多い大きな道を避け、小さな道を地図で探しながら走る為)、一日の終わりには本当にくたびれてしまう。まあ、これも普段の運動不足が大いに関係しているのだが。基本的な事ながら、しみじみ実感したことは、自転車の場合はたとえ距離が同じでも、天候・風の有無・坂の有無という3点で、疲労度が全く変わって来るということだ。 周りの景色も目に入らないくらい疲れていると、私はこの旅を楽しんでいるのだろうか、と自問自答したものだが、小回りが利いてどこにでも気軽に立ち寄れ、その土地の風や空気を肌で感じながら、徐々に変わって行く風景を楽しめる、という点では、自転車の旅も悪くない。繰り返しになるけれど、体力的な問題が無ければ。 人間苦しい時には遠慮がなくなるもので、私も大いに旦那さんに当たったが(毎度距離が長過ぎるというその一点のみが問題)、今回の旅の話をすると何故か「不満も言わずに頑張ったね」と言う。あれは不満以外の何物でもなかったはずなのだが、、、確かに最後の方では私も休憩を主張するタイミングが分かって来たし、彼も少し休もう、と言ってくれることが多くなったので、険悪になることがなかった。少しは体力がついたということもあるのかもしれない。最後の印象が良かったからなのだろう […]

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モンブラン

2016年07月9日

モンブランに登りたいと思う、と彼から初めて聞いたのはいつだったろう。結婚を決めた去年の秋頃だっただろうか。当初、モンブランとエベレストの違いもよく知らなかった私は、なんでそんな危険なことしたいの?!と取り乱したが、人生でやっておきたいことの一つなんだ、と言われてしまい、う、と言葉に詰まった。やりたいことを制限される、ということを、何より自分が嫌っているから、人に対してもそれをしたくはないのだ。   その後、モンブラン登頂が果たしてどれくらい危険なのか、情報収集してみると、西ヨーロッパ最高峰を誇る高さの割には、そこまでの難易度ではないと分かり、少し落ち着きを取り戻した。 やはり知らないから、妄想が膨らんで恐ろしくなるのだ。一足飛びに最悪の事態を想定してしまう。私が海外に行く度、両親がとにかくあれこれ心配することを、困ったものだと思っていたけれど、今回自分がその立場に立って初めて、本当にその心境をきちんと理解出来た気がする。私が海外に行って、もし何か起きたとしても、自分で選んで行くのだから仕方がない、運は天に任せる、というようなことをよく言っていたが、安否を気遣う人に対しては、無神経な物言いだったと今は思う。その最悪の事態が起こらないよう願っている人に対して、起きたとしても仕方がないとは、突き放すような冷たさがある。 しかし最終的には、自分の運と危機管理能力を信じて待っていてもらうほかなく、旅の途中でも出来るだけ連絡を取るようにすることくらいしか、出来ることはなかった。   モンブランの麓の街に滞在した5日間、彼は数回トレーニングの為に出かけて行き、居ない間は久しぶりに一人旅をしているような妙な気分で、それならそれと観光を楽しめば良いのだけれど、つい目の前に聳え立つモンブランに気を取られてしまい、何事もなく楽しんでるかなぁ、どこら辺歩いてるのかなぁ、と、そればかり考えていた。特に登頂を目指して出発した日の朝から、次の日の午後までは全く連絡が取れなかった為、「ネットワークが無いだけで、万が一にも何かあれば、ガイドを通じてホテルに連絡が来るはず」と、何度も自分に言い聞かせながら、長い時間を過ごした。   無事登頂を果たし戻って来た彼は、予想以上に疲労困憊しており、動きも普段の三倍くらい遅かった。二三日はグランパ(おじいちゃん)、と呼んで茶化して […]

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